二十一世紀最初の一年が、瞬く間に過ぎ去ろうとしています。早くも2002年を迎えようとしております。一番印象に残る出来事は、やはりワールドトレードセンタ−におけるテロ事件です。世界中でまだ五十を超える国々が戦争状態にあります・・・。次にハンセン病の人々に対する国の対応、平均年齢74歳の老齢の方々が4000人以上おられる・・・いつも利用する首都高速6号線から見える隅田川沿いのブルーのテント村が以前より間隔が詰まり、隙間が少なくなった事・・・愛媛丸の海難事故、一瞬の出来事で尊い若い命を失った・・・年の押し迫った先日に、不審船の事件が発生した。憎しみ・悲しみ・痛み陰影に縁取られた2001年が暮れようとしている。富士山は何もなかったかのように、また新しい年を迎えようとしている。
屋根屋として、ゴルフ場のクラブハウスや管理施設の屋根を施工させて頂きました。 久々に忘年会ゴルフをしようということになり、屋根施工をてがけさせて頂いたところで忘年会を兼ねて、プレーをしました。いつものメンバーの方々とでしたが、やはりこの時期のためか毎月のプレーの回数が皆さん少なくなっている様で、スコアは『日光の手前、今市』いまいちの方が多かったです。少しでも楽しくプレーしようとして、親友の高松さんはかなりの新しいゴルフ用語の連発でした。このような世相を反映してか、パットが短くホールにボールが届かない時は・・・『ちょっとタリバン』、ショットがダフッた時に・・・『カンダハル』、ミスショットをしたときに・・・『そんなことアルカイダ』、隣のコースへ打ち込んだときは『パキスタンへ誤爆したー』。別の親友の高崎さんは、ショットがうまくいったときは『アメリカの母!」マアマアだなぁー!このような冗談を言いながら、楽しいゴルフを楽しみました。他国で戦争状態にある中で、その晩はアンコウ鍋を賞味しながら和気藹々とした時間を過ごし、平和な日本にて生活できる喜びをあらためて感じました。
今年も残り少なくなりました。例年より暗い事が多かったせいか、他に明るい事が少なかったためか、クリスマスの飾りつけが早かったような気がいたします。木々の葉も落ちて、幹や枝にまきつかれた豆電球が、街のイルミネーションに変わり、街行く人々の目を楽しませてくれます。最近は植栽に興味を持っているので、植物の立場から見ると昼夜の区別がつかなくて戸惑いを感じます。